2007年09月

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | page top↑

すずめの学校 唱歌と時代背景

童謡にして唱歌でもある「すずめの学校」は、その内容や時代背景からも
同じ唱歌の「めだかの学校」と比較されるなどしばしば議論の的になっています。


その歌詞の内容から
「先生である大人雀がムチを振るって命令している」
「生徒の子供雀は自我を抑え年長者や国の施策を愚直に守るべし」
そして
「ことばを持たない雀の唯一ともいえる自己表現の鳴き声、
”チイパッパ”こそが共通言語」
「戦争まっしぐらの旧大日本帝国では国民が一丸となって
同じあいことばをもって国を信じて守り抜くべし」



こうした趣旨の解釈をする言語学者などの専門家が目立つのは
やはりその歌詞の内容に連想させるものがあるものがあるともいえるでしょう。
また同じような分野の曲としての「めだかの学校」との
比較もあるのかもしれません。
参考のために両方の歌詞を載せておきます。
興味があれば機会を見て両方を歌う、口ずさんでみるのがおすすめです。







すずめの学校
チイチイパッパ チイパッパ
すずめの 学校の 先生は
ムチを 振り振り チイパッパ
生徒の すずめは 輪になって
お口を そろえて チイパッパ
まだまだ いけない チイパッパ
もいちど 一緒に チイパッパ
チイチイパッパ チイパッパ




めだかの学校
めだかの 学校は 川の中
そっと のぞいて 見てごらん
そっと のぞいて 見てごらん
みんなで おゆうぎ しているよ
めだかの 学校の めだかたち
だれが 生徒か 先生か
だれが 生徒か 先生か
みんなで 元気に 遊んでる
めだかの 学校は うれしそう
水に 流れて つーいつい
水に 流れて つーいつい
みんなが そろって つーいつい



どうぶつのうた[CD][2枚組]


日本の民謡、童謡についてのトップページへ

スポンサーサイト

テーマ:日記 - ジャンル:日記

日本の歌 | page top↑

炭坑節(たんこうぶし)

炭坑節物語


福岡県の民謡、炭坑節(たんこうぶし)。
炭坑とそれにかかわる労働者が多かった
同県田川市が発祥の地といわれています。


「月がぁ~出た出たぁ~
月が~出たぁ~ヨイヨイ」と、
おなじみのフレーズで有名なこの曲は
盆踊りの定番のとして全国に波及しています。


また、替え歌が作られるケースも多いようで
多数の地域限定バージョンやうけ狙いの
パロディな曲も多く存在するそうです。





歌詞

月が出た出た 月が出た(ヨイヨイ)
三池炭坑の 上に出た
あまり煙突が 高いので
さぞやお月さん けむたかろ(サノヨイヨイ)



あなたがその気で 云うのなら(ヨイヨイ)
思い切ります 別れます
もとの娘の 十八に
返してくれたら 別れます(サノヨイヨイ)

一山 二山 三山 越え(ヨイヨイ)
奥に咲いたる 八重つばき
なんぼ色よく 咲いたとて
サマちゃんが通わにゃ 仇の花(サノヨイヨイ)



晴れて添う日が 来るまでは(ヨイヨイ)
心一つ 身は二つ
離れ離れの 切なさに
夢でサマちゃんと 語りたい(サノヨイヨイ)


おんな炭坑節


日本の民謡、童謡についてのトップページへ

テーマ:日記 - ジャンル:日記

民謡 | page top↑

鉄道唱歌 東海道 その一

鉄道唱歌


明治時代に入った日本では
国民の教育水準を向上させる
取り組みが成され
小学校をはじめとする
初等教育の改革が進みました。


そのような背景のもと作詞、作曲されたのが
鉄道の数え歌である鉄道唱歌です。
この鉄道唱歌、実はなんと全5集、
334番もの内容を誇るとても長い曲です。


第1集東海道編第1番の歌詞
「汽笛一声新橋を 
はや我汽車は離れたり」は
国鉄以前の時代から有名で広く知られています。
長距離列車のアナウンスで記憶に残っている
人も多いことでしょう。


「地理教育鐵道唱歌」という
名前に含まれるように
元々は子供の地理の学習のために作られた
教育的な側面の大きい曲です。
楽曲を楽しみながら日本各地の
地域風土になじんでもらおうという
狙いがあったのかもしれませんね。


長く膨大な詞の中に沿線の地理や歴史、
民話や伝説、名産品の紹介を折り込んだ
この鉄道唱歌。
子供たちはもちろん、大人の間でも人気の歌となりました。
そのため、発表直後からパロディやジョークを含んだ
模倣作品が多く製作されました。





一  汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり
   愛宕の山に入りのこる 月を旅路の友として

二  右は高輪泉岳寺 四十七士の墓どころ
   雪は消えても消えのこる 名は千載の後までも

三  窓より近く品川の 台場も見えて波白き
   海のあなたにうすがすむ 山は上総か房州か

四  梅に名をえし大森を すぐれば早も川崎の
   大師河原は程ちかし 急げや電気の道すぐに

五  鶴見神奈川あとにして ゆけば横浜ステーション
   湊を見れば百舟(ももふね)の 煙は空をこがすまで

六  横須賀ゆきは乗替と 呼ばれておるる大船の
   つぎは鎌倉鶴が岡 源氏の古跡や尋ね見ん

七  八幡宮の石段に 立てる一木の大鴨脚樹(おおいちょう)
   別当公暁のかくれしと 歴史にあるは此陰よ

八  ここに開きし頼朝が 幕府のあとは何(いづ)かたぞ
   松風さむく日は暮れて こたへぬ石碑は苔あをし

九  北は円覚建長寺 南は大仏星月夜
   片瀬腰越江の島も ただ半日の道ぞかし 

一〇 汽車より逗子をながめつつ はや横須賀に着きにけり
   見よやドックに集まりし わが軍艦の壮大を





一一 支線をあとに立ちかへり わたる相模の馬入川(ばにゅうがわ)
   海水浴に名を得たる 大磯みえて波すずし

一二 国府津おるれば馬車ありて 酒匂小田原とほからず
   箱根八里の山道も あれ見よ雲の間より

一三 いでてはくぐるトンネルの 前後は山北小山駅
   今もわすれぬ鉄橋の 下ゆく水のおもしろさ

一四 はるかにみえし富士の嶺(ね)は はや我そばに来りたり
   雪の冠(かんむり)雲の帯 いつもけだかき姿にて

一五 ここぞ御殿場夏ならば われも登山をこころみん
   高さは一万数千尺 十三州もただ一目

一六 三島は近年ひらけたる 豆相(ずそう)線路のわかれみち
   駅には此地の名を得たる 官幣大社の宮居あり

一七 沼津の海に聞えたる 里は牛伏我入道(うしぶせがにゅうどう)
   春は花咲く桃のころ 夏はすずしき海のそば

一八 鳥の羽音におどろきし 平家の話は昔にて
   今は汽車ゆく富士川を 下るは身延の帰り舟  

一九 世に名も高き興津鯛 鐘の音ひびく清見寺
   清水につづく江尻より ゆけば程なき久能山

二〇 三保の松原田子の浦 さかさにうつる富士の嶺を
   波にながむる舟人は 夏も冬とや思ふらん

二一 駿州一の大都会 静岡いでて阿部川を
   わたればここぞ宇津の谷の 山きりぬきし洞(ほら)の道

二二 鞘より抜けておのづから 草なぎはらひし御剣(みつるぎ)の
   御威(みいつ)は千代に燃ゆる火の 焼津の原はここなれや

二三 春咲く花の藤枝も すぎて島田の大井川
   むかしは人を肩にのせ わたりし話も夢のあと

二四 いつしか又も暗(やみ)となる 世界は夜かトンネルか
   小夜の中山夜泣石 問へども知らぬよその空

二五 掛川袋井中泉 いつしかあとに早なりて
   さかまき来る天龍の 川瀬の波に雪ぞちる

二六 この水上にありと聞く 諏訪の湖水の冬げしき
   雪と氷の懸橋を わたるは神か里人か

二七 琴ひく風の浜松も 菜種に蝶の舞坂も
   うしろに走る愉快さを うたふか磯の波のこゑ

二八 煙を水に横たへて わたる浜名の橋の上
   たもと涼しく吹く風に 夏ものこらずなりにけり

二九 左は入海しづかにて 空には富士の雪しろし
   右は遠州洋(なだ)ちかく 山なす波ぞ砕けちる

三〇 豊橋おりて乗る汽車は これぞ豊川稲荷道
   東海道にてすぐれたる 海のながめは蒲郡

三一 見よや徳川家康の おこりし土地の岡崎を
   矢矧(やはぎ)の橋に残れるは 藤吉郎のものがたり

三二 鳴海しぼりの産地なる 鳴海に近き大高を
   下りておよそ一里半 ゆけば昔の桶狭間

三三 めぐみ熱田の御やしろは 三種の神器の一つなる
   その草薙の神つるぎ あふげや同胞四千万

三四 名だかき金の鯱は 名古屋の城の光なり
   地震のはなしまだ消えぬ 岐阜の鵜飼も見てゆかん 


決定版! 鉄道唱歌


日本の民謡、童謡についてのトップページへ

テーマ:日記 - ジャンル:日記

日本の歌 | page top↑
| ホーム |

スポンサーサイト

ブログ内検索

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。