鉄道唱歌 東海道 その2

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鉄道唱歌 東海道 その2




鉄道唱歌


三五 父やしなひし養老の 滝は今なほ大垣を
   三里へだてて流れたり 孝子の名誉ともろともに

三六 天下の旗は徳川に 帰(き)せしいくさの関ケ原
   草むす屍(かばね)いまもなほ 吹くか胆吹(いぶき)の山おろし

三七 山はうしろに立ち去りて 前に来るは琵琶の海
   ほとりに沿ひし米原は 北陸道の分岐線

三八 彦根に立てる井伊の城 草津にひさぐ姥ヶ餅
   かはる名所も名物も 旅の徒然(とぜん)のうさはらし

三九 いよいよ近く馴れくるは 近江の海の波のいろ
   その八景も居ながらに 見てゆく旅の楽しさよ

四〇 瀬田の長橋右に見て ゆけば石山観世音
   紫式部が筆のあと のこすはここよ月の夜に

四一 粟津の松にこととへば 答へがほなる風の声
   朝日将軍義仲の ほろびし深田は何かたぞ

四二 比良の高嶺は雪ならで 花なす雲にかくれたり
   矢走にいそぐ舟の帆も みえてにぎはふ波の上

四三 堅田におつる雁がねの たえまに響く三井の鐘
   夕ぐれさむき唐崎の 松にや雨のかかるらん

四四 むかしながらの山ざくら にほふところや志賀の里
   都のあとは知らねども 逢坂山はそのままに

四五 大石良雄が山科の その隠家はあともなし
   赤き鳥居の神さびて 立つは伏見の稲荷山

四六 東寺の塔を左にて とまれば七条ステーション
   京都々々とよびたつる 駅夫のこゑも勇ましや

四七 ここは桓武のみかどより 千有余年の都の地
   今も雲井の空たかく あふぐ清涼紫宸殿

四八 東に立てる東山 西に聳(そび)ゆる嵐山
   かれとこれとの麓ゆく 水は加茂川桂川





四九 祇園清水智恩院 吉田黒谷真如堂
   ながれも清き水上に 君がよまもる加茂の宮

五〇 夏は納涼(すずみ)の四条橋 冬は雪見の銀閣寺
   桜は春の嵯峨御室 紅葉は秋の高雄山

五一 琵琶湖を引きて通したる 疏水の工事は南禅寺
   岩切り抜きて舟をやる 知識の進歩も見られたり

五二 神社仏閣山水の 外に京都の物産は
   西陣織の綾錦 友禅染の花もみぢ

五三 扇おしろい京都紅 また加茂川の鷺しらず
   みやげを提げていざ立たん あとに名残は残れども

五四 山崎おりて淀川を わたる向うは男山
   行幸ありし先帝の かしこきあとぞ忍ばるる

五五 淀の川舟さをさして くだりし旅はむかしにて
   またたくひまに今はゆく 煙たえせぬ陸(くが)の道

五六 おくり迎ふる程もなく 茨木吹田うちすぎて
   はや大阪につきにけり 梅田は我をむかへたり

五七 三府の一に位(くらい)して 商業繁華の大阪市
   豊(ほう)太閤のきづきたる 城に師団はおかれたり

五八 ここぞ昔の難波の津 ここぞ高津の宮のあと
   安治川口に入る舟の 煙は日夜たえまなし

五九 鳥も翔(かけ)らぬ大空に かすむ五重の塔の影
   仏法最初の寺と聞く 四天王寺はあれかとよ

六〇 大阪いでて右左 菜種ならざる畑もなし
   神崎川のながれのみ 浅黄にゆくぞ美しき

六一 神崎よりはのりかへて ゆあみにのぼる有馬山
   池田伊丹と名にききし 酒の産地もとほるなり

六二 神戸は五港の一つにて あつまる汽船のかずかずは
   亜米利加露西亜支那印度 瀬戸内がよひも交じりたり

六三 磯にはながめ晴れわたる 和田のみさきを控へつつ
   山には絶えず布引の 滝見に人ものぼりゆく

六四 七度(ななたび)うまれて君が代を まもるといひし楠公(なんこう)の
   いしぶみ高き湊川 ながれて世々の人ぞ知る

六五 おもへば夢か時のまに 五十三次はしりきて
   神戸のやどに身をおくも 人に翼の汽車の恩

六六 明けなば更に乗りかへて 山陽道を進ままし
   天気は明日も望(のぞみ)あり 柳にかすむ月の影


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