四季の雨

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告 | page top↑

四季の雨

こころに響く日本の歌 5号 故郷(ふるさと)


日本という国は大政奉還、王政復古の大号令によって
数百年に渡って続いた武将たちの統治する政治体制と決別しました。
この明治維新によって文明開化を成し遂げた日本は「モダン」で
「ハイカラ」な西洋風の文化を取り込みながら、一気に近代国家建設としての
歩を進めることになります。
そこから100年あまりが過ぎた、現在平成の日本。
二度の大戦争の悲劇からの奇跡ともいえる復興。
その一方で高度の成長の末の成熟した文化に
味気なさを感じることは少なからずあるのではないでしょうか。


「明治は遠くにならにけり」の風潮が日増しに強くなる反面、異国、異文化への
祖国の開放を経て、新しい国家、そして文明の構築に猪突猛進だった
あの激動の時代や数々の勇士たちをも再評価する風潮、機運がいまだかつてないほど
高まりつつあるように感じられなくはありません。
いわば日本を代表する歌ともいえる唱歌。
近代日本を語る上でその果たす役割は小さくありません。
明治維新から戦前にまでに生まれた、いわゆる文部省唱歌。
今回取り上げる「四季の雨」もそのひとつです。





日本という国は小さな島国である反面、四季の移り変わりというほどに
季節ごとの変化がはっきりしています。
こういった雄大で多種多様な自然の影響からか、われわれ日本人の感性は
ほかの国々のそれとは明らかに違った、繊細かつ細かなものへと長い月日を経て
変化と成長を成し遂げてきたものです。
四季、友情、歴史上の人物、動物、式典といった日々のあらゆる出来事が
古きよき思い出となり、後に人生全般の教えにもなったはずです。
幼いころの色鮮やかな体験は成人してからも懐かしく振り返ることができるでしょう。
このように伝統的な音楽は情操教育の一環を成してきたといっても過言ではありません。
今日びの小学校など、教育の現場では必ずしもこれが保たれてはいません。
文部省唱歌なんてどこ吹く風といった風潮は少なからずあることでしょう。



その反面、アイドル歌手の軽い感じの流行曲や携帯電話やテレビゲームなどの
軽く無秩序な曲ばかりがおもしろいものとしてもてはやされている感じすら受けます。
そんな現代において古の人に思いをはせ、清らかな気分になって旧来の唱歌を
清聴しときには口ずさんでみる。
ときにはそんな一日があってもよいのかもしれません。



四季の雨    文部省唱歌

降るとも見えじ春の雨  水に輪をかく波なくば
けぶるとばかり思わせて 降るとも見えじ春の雨

俄かに過ぐる夏の雨  物干し竿に白露を
名残りとしばし走らせて  俄かに過ぐる夏の雨

おりおりそそぐ秋の雨  木の葉木の実を野に山に
色様々に染めなして  おりおりそそぐ秋の雨

聞くだに寒き冬の雨  窓の小笹にさやさやと
更行く夜半をおとずれて  聞くだに寒き冬の雨


春よゆるやかに暖の戻ってくるこの季節雨は見えることもなく
水面に交錯する円の舞踏もなくただ静かに、ここに訪れているのか

優しき季節よ生命の気配は大気に満ちすべてはその輪郭を失い
いまここに雨は訪れているのかそれすら見えぬ私に、静謐なる雨は


夏よ熱は大気に満ち雨は走り一気にこの身体を濡らしていく
駆け抜けていく光のかがやきよ、残像は人の営為とともにあるのか

いま陽光の中にしずくはかがやき、光の子どもたちの笑顔と歌
この日々を洗い一気に駆け抜けていくきみの証はいつでも光とともに


秋よ熱も遠ざかり陽炎も遠ざかり宴は遠ざかって行くのか
木の葉の色彩よそうして実りよ豊かさがそこに取り残されるのか

熱の遠ざかる中なにも失われはしないことを雨が明らかにする
雨は色彩を実りを洗い残されたものをくり返しあきらかにしていく


冬よ生命の気配は見えぬ場所に隠れ冷えた深夜の大気の闇
冷えた窓その外部との境界から笹の葉の音が聞こえてくる

雨が降っているのだ冷えた深夜光なきこの時間帯にひびく雨音
雨が訪れているのだ隠れる生命に語りかけるかのように冬の雨が




日本の民謡、童謡についてのトップページへ

スポンサーサイト

テーマ:日記 - ジャンル:日記

日本の歌 | page top↑
| ホーム |

スポンサーサイト

ブログ内検索

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。